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アンズスズメ ブログ

最初は音楽制作中心になると思います。

唐突に自作曲紹介 「dqn」

  思えば1997年ごろだろうか。ある日横浜の関内や伊勢佐木町を歩いていた時、市営地下鉄の改札口の地べたで、唾を吐いて煙草を吹かしながら携帯電話をいじくり続ける茶髪の若者がいた。そしてその若者に、私は、理由は分からないけれど何やら強烈な不快感を持ってしまった。自分も似たような年齢なのにね。

  私が世を忍ぶ仮の学生だった頃は、インターネットがあったとしても現在のようにいつでもどこでも簡単にできるという時代ではなく、いわゆる森善朗元総理による「イット革命」以前あった。私がインターネットを始めるようになったのは、ちょうどその前後ぐらいからだったが、その頃最初に知った衝撃的な言葉の1つがDQNという言葉だった。 「そうだそうだ、これだよこれ」と私は思った。そうしてできたのがDQNという曲だった。 でも、自分としてはDQNをただDQNとして描くのはどうかと思った。90年代の頃にはあまり聞かなかったけれども、近年は資本主義の中での虐待や貧困の再生産について聞くようになった。

 

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経済の格差がなくなればみんながうまくゆくなどと考えているのは、はっきり言ってバカな左翼だけである。経済の格差がなくなっても、人の持って生まれた資質や能力の格差、それに伴って生ずる機会の格差はなくならないのですよ。 話がそれてしまったが、それで、ならば「DQNの再生産」wというのもあるうるよなあ、と思ったので ~切ない切ないDQN達 大人たちに産み落とされ  切ない切ないDQN達 大人たちに見放される~ という一節を入れてみたのだった。それで、人が生まれて背負う悲しみというか、DQNがDQNという枠を超えることの難しさみたいなものを表してみたかった。